2007年07月21日

フランス人の『時をかける少女』評(2)

 日本を中心として、広くアジアの映画・マンガ・アニメーション・音楽・文学を批評するフランス語サイト、Orient Extrême(敢えて訳せば「東極」あるいは「過激な東洋」?)から、翻訳と掲載の許可をいただきましたので、『時かけ』評をご紹介。

 「過激主義者」を名乗るOrient Extrêmeの批評者たちは、新聞の批評担当者のようなプロフェッショナルではないようですが、それぞれの批評の内容にはかなり気合が入っています。

 例のシークエンスで「魅力を危うく失いかけた」という指摘に激しく同意。

〜以下、訳。

『時をかける少女』 青春への見事な跳躍

 親しみを込めて「時かけ」(原題の省略形(*原注0))と呼ばれる『時をかける少女』は、まさに驚くべき良作だ。これは見に行くべき。これほど高く評価したくなる映画は滅多に無い。この油断のならない素晴らしい映画に関するKaze社[*訳注1]の判断は正しかった。

 真琴は、髪の短い、そして男子のようなふくれ面をする女子高生であり、授業に遅刻して試験のほとんどを失敗してしまったり、友人の千昭や功介と一緒に野球グラウンドでキャッチボールをすることが気に入っている。このお転婆娘は化学室での急な出来事によって、タイル敷きの床に本と一緒に倒れこみ、そして・・・思いきり跳躍することで時間を移動することができるようになる。しかし、完璧な一日を繰り返しながら彼女の新しい能力を存分に楽しんだ後、真琴は沈み行く夕陽の中で愛の告白を受ける。そして、当惑したこの女子高生は、変えることのできない出来事を変えようと試み混乱し、物語の鍵となる惨劇を引き起こすことになる・・・。もしかすると彼女は、思春期の時間の使い方を本当は知らないのかもしれない。

チープラブ(Love cheap)

 今批評しているこの映画のように、ハリーポッターの冒険を追いかけるのに夢中な若い観客群を引きつけるにはあまりに配給が小規模の映画に一目ぼれしたとすれば、いくつかの欠点をできるだけ速いうちに忘れる必要があると思う。その欠点が何かといえば、例えば、『時かけ』(Tokikaké)を見に行くにあたって、目も眩むような大型アニメーションを期待してはいけないということである(動きの要素が、見事に彩色された背景と上手く溶け合っていない。ほとんど口の動きだけ。大雑把な輪郭しか描かれていない遠景上の人物、などなど)。映画の予算が少なかったであろうこと(この映画は資金が潤沢なスタジオのものではない)を、バッハのゴールドベルク変奏曲のあまり好ましくない使用から、無名歌手が可愛らしく口ずさむ挿入歌まで、一貫して感じることになるだろう。

 しかし映画がラストに至ると、未だにその感動的な純粋さに浸っているのだが、上記のような欠点を思い出すのは難しくなりすぐに忘れてしまう。そして才能ある製作チームだけが実現することのできる、本当に良い映画であると思えるようになるのである。監督になるはずだった『ハウルの動く城』(*原注1)の製作において、容赦なく首を切られた細田守監督のリターンマッチによって、今回、流麗で見事な作品が産み出されたのである。

 さらに驚くべき点がある。ジブリを追い出された者に対する予想に反し[*訳注2]、不十分な予算にも関わらず、華麗の極みとも言える今敏の『パプリカ』とアプリオリに乱暴な比較がされるであろうにも関わらず、魔法の力を持つヒロインが登場するテレビシリーズに慣れきった若い人々の期待の低さにも関わらず、『時かけ』は良い意味で驚きの作品である。何かを一変させたわけでもなく、斬新奇抜な美しさが燦然と輝いているわけでもないし、何にも換え難いオリジナリティがあるわけでもない。逆に、その素朴さと穏やかさによって驚きを与えてくれるのである。それは、カメラを惹きつけるには主人公が途方も無い力を持たざるを得ないこの時代に、従来型の素朴なアニメーションと、その穏やかな展開によってなされたものだ。事実『時かけ』の真琴の声は、アニメシリーズでおなじみの甲高くていらだたしい声ではなく、自然で力強く熱のこもったものである。また、彼女は歴史の流れを変えようとはしない。日本の神話的起源に戻ろうと何千年も遡行するわけではないし、リトルボーイ(*原注2)が炸裂するのを阻止しようとするわけでもない。では、彼女の頭の中には何があるのか?青春しかないのである。

青春回帰

 筒井康隆(原作小説の有名作家)の名前は聞いたことがあったが、フィリップ・K・ディックを期待していた。しかし、『時かけ』は原作から離れて(ヒロインが変更されており)、ティーンネイジャー風の自由な映画化がなされていることが分かる。『恋はデジャ・ブ』や『バタフライ・エフェクト』の中間的な作品で、そのような傑作の陰に隠れた、夢のような日本のソースがかかった完全な二番煎じかと想像していた。しかし実際には、通過儀礼的な経験を通した少女の情操教育であり、また彼女の内面に関する幻想的な試練だったのであり、我々は結局嬉々としてこの作品を評価した。この作品には、過剰な脚色が無く、おぼろげな記憶しか残らない幼少期という奇妙な概念の、一種の純真無垢な像として定番の幼女も登場しない。この作品には、(プリンは絶対に食べるといった)大したことのない悩みを持つ、脚本家奥寺佐渡子の手によって極めて魅力的な人物となった、「本物の」青春期の女の子がただ登場するだけであり、下らない神のお告げや幼稚なファンサービスを期待していた人は必ず退屈するだろう。それでもなお、連想させられたのは何か。スタジオ・ジブリの素晴らしい異色作、『猫の恩返し』である。この作品のキャラクターデザインや物語の軽妙さは、この製作スタジオの激しさ、あるいは大げささと対照を成している。そうなのだ。『時かけ』は森田宏幸の映画と同じような、少々唖然としてしまうほどの満足感を残してくれるのだ。

 しかし、このジブリ作品とは異なり、『時かけ』は、「分別のつく年齢」を過ぎても空想上の猫を産み出してしまうような、ライト(light)で大掛かりなメタファーではない。現実世界のヒロインを排除することなく、逆に、青春真っ只中の生活や、日常の陰に潜むありふれた危険の中にヒロインを置いた。この点こそが[この作品の]主な力強さであり、そして唯一の弱点なのである。それが弱点であるのは、この幻想的作品に最初から一貫した説明を与えようとして、千昭(*原注3)が[自分が現代にやってきた]理由や手段を説明するいささか退屈するシークエンスで、細田の映画は風変わりでありながらも詩情溢れるこの映画の魅力を危うく失ってしまうところだったからである。
 「魅力を失わずにすんだ」のは、『時かけ』が持つ模範的なテンポ感覚がロスタイムを挽回し、そして、純粋さという点で極めて成功しているラストに向けて、この女子高生を再度駆り立てたからである。また、韓国映画『少女たちの遺言』[Memento Mori:1999年]のように、思春期というフィルターを通すと、間違いなくすべてが素晴らしく見え、そして例えば「時間旅行」を映像化するという極めて危険で少しナイーヴな行為が正しかったということが分かるからである。

 この映画の力強さをさらに指摘しておこう。この映画が発するエネルギーは、先ずコメディ的なものであり‐映画の前半は笑わせてくれる‐、そして奇想天外なものでもあり‐少女の日常的な学園生活と渾然一体となった大騒ぎ‐、各シーンを押し流していく。よく練られた脚本は、出だしからして既に良い。いつの日かまた、細田‐奥寺のコンビを再結成して欲しい。というのは、一方のテンポ感にもう一方が見事に応答しているからだ。この[二人の]応答の良さのお陰で、青春、希望、激しい失望、そして止め処なく溢れる感情が生き生きとしたものになっている。息を弾ませ、空間の枠を乗り越え見えなくなるまで、そして彼女の無機的な呼吸の美しさ以上の何かが聞こえてくるまで、真琴が走る、あの素晴らしいシークエンスで、『バトルロワイヤル』のラストでの「走れ!」という言葉を思い出した。このようなポジティヴなエネルギーの発散を目にすると、瑞々しい青春の苦悶を効果的に演出するのは、日本人が最高であるということを再確認させられる。そして、『時をかける少女』をまた見直してしまうのは、一瞬にして少年期に戻ってしまうからであろう。

Alexandre Martinazzo


 *原注0:『時をかける少女』には「少女」を意味する"shôjo"という言葉が含まれており、この作品で時をかけるのは彼女なのだが、奇妙なことにフランス語の題名にこの言葉は含まれていない。
 *原注1:『ハウルの動く城』 監督:宮崎駿 2005年
 *原注2:広島にアメリカによって投下された原子爆弾の名前。
 *原注3:興味深いことに、ヒロインの名前(Makoto)は通常男性のものであるのに対し、男性の登場人物はChiakiという女性の名前を持っていることが指摘される。


 *訳注1:フランスで『時かけ』のライセンスを取った会社。
 *訳注2:この訳は自信がありません。原文では”contre la prévision d’un Ghibli de sous-préfecture”となっています。直訳すれば「支庁のジブリの人(あるいはジブリ作品)に関する予想に反して」でしょうが(?)、このsous-préfectureの意味がよくわかりません。評者本人に教えを請うたのですが、返事はありませんでした。分かる方がいらっしゃったら教えて下さい。


〜以上、訳終わり。

参照先

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